株式会社唯が取り組む事業の本来の目的
今年も旧年中にお世話になった方々を思いながら、2025年の事業の一年間を振り返りたいと思います。
昨年も春秋の彼岸、そして夏のお盆法要では、終活講演に登壇する機会をいただきました。
超高齢化が進むある自治体では、終活事業において市民からの申し込みが進まないという課題がありました。
私はその原因を研究し、まず檀家が住職に相談しやすくなるきっかけを提供することの重要性をお話ししました。
終活は人生の終わりを考えることではなく、相談できる相手を見つけて、残された日々をどう生きるかを見つめ直す営みです。そのためには、住職は「いつでも相談できる存在」であることを知ってもらう必要があると実感しています。
寺院公式ホームページは、累計6ヶ寺の運営をお手伝いさせていただいています。私たちが考える寺院ホームページの目的は、告知や集客ではありません。
これまで住職の頭の中にあった活動や、檀家との思い出をアーカイブとしてストックしておくためのものです。
行事の記録、法要の様子、住職の言葉。それらが更新されながら過去の取り組みを振り返ることによって、「菩提寺とのつながり」を可視化することができます。
ニーズを取りこぼさない寺院マーケティング
お寺にマーケティングは不要だと、創業当初は多くの方から言われました。
しかし、現実を見つめると、年間160万人以上が亡くなり、そのうち9割ほどが仏教寺院に葬儀を依頼しています。つまり、仏事へのニーズは確実に存在しているのです。
ところが、仏事を提供する住職自身は、集客に積極的ではありません。結果として、ユーザーは葬儀会社に依頼することになりますが、そこではサスティナブルな付き合いが生まれにくいという課題があります。
一方で、ユーザーはお寺と単発的な付き合いを求めていると決めつけた住職は、ネット派遣僧侶に登録していくという選択をすることもあります。
私が現場で感じるのは、お寺に来るユーザーは仏事を求めているということです。ただ、住職とつながる接点がないだけなのです。
多くの住職は「もっとお寺に来てほしい」と言います。しかし、お寺に行っても、住職に話しかけるきっかけがないという声を檀家から聞きます。
住職にいきなり仏事の相談をすることにためらいを感じる檀家は、急用、例えば親が重体になるなど、差し迫った状況でない限り話しかけません。
いまの寺院広報は、住職がひとりで自前作成することが多く、直接コメントできないユーザーは傍観者になりがちです。住職が動かないと人が来ない寺院は、経営が不安定になりやすく、新しいユーザーは一過性の付き合いになりがちです。
住職の仕事は接遇です。集客施策は業者に任せて、檀家に安心を提供する体制を整えることを優先すべきです。
住職発で創作することは確かに住職自身はやり甲斐がありますが、住職が動けなくなると誰もノウハウがないので、急に全てが止まる危険性を孕んでいるのが現状です。
また、いまの寺報や掲示板では、住職とつながる接点が生まれにくく、新陳代謝が見えない寺院広報が、逆に住職との距離を遠ざけているのではないかと感じています。
住職とつながるコネ作り
昨年、親族の葬儀2件に参列しましたが、あらためて「お寺とつながっておく安心感」を実感する出来事でした。
父方の親族は、最期まで念仏を欠かしませんでした。祖父の教えを手記にし、それを頼りに長生きしてくれました。
母方の親族は、母と同じく家族や町内の人気者でしたので、仏事に関しては「池谷のお寺に何かあったらお任せ」という明るい葬儀となりました。
母の十七回忌では、親族だけでなく多くの檀家さんがお参りしてくださいました。檀家にとっては身内でもない母の法要を案内し続けた自坊の広報力のおかげです。
この経験を通じて、日頃から住職と檀家がつながっていることの大切さを、身をもって知りました。
今年は、住職と仏事でつながるコネ作りをテーマに、ユーザーサポートをしていきます。
墓参りや初詣には家族連れで来寺してくれるのに、檀家の家族と住職がつながる機会がないのはもったいない。
LINEやSNSなどを工夫している住職もいますが、ツールだけではユーザーと交流するきっかけになりにくいのが現状です。
仏事は本堂で起きており、来寺された方にこそ届けるべき情報があります。それを境内発で伝えることが、寺院マーケティングの本質的な価値だと考えています。
住職と交流が生まれる機会を設計し、檀家の未来に備えていきます。 合掌
