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【代表個人ブログ】「社会とどう関わるか」― 先達に学ぶ、これからの寺院広報

2026/8/20

父の命日で、築地本願寺の晨朝勤行に参拝しました。正信偈をお唱えしながら、寺院に特化した広告代理店を続けてきたこの9年間について、あらためて思いを巡らせました。

 

私は次男として生まれ、両親から僧侶になることを強く望まれて育ちました。しかし、8歳上の兄が自坊を継ぐことが決まっていたため、僧侶になった先の行き先は不透明でした。

 

住職になれない次男が僧侶として生計を立てる厳しさは、幼い頃の私にも見えていました。事実、養子として他寺に入寺した僧侶が苦労している現場をいま取材で見ています。今にして思えば、両親もお寺の将来に確信があったわけではなく、当時はこの選択肢の他に目が行き届かなかったのかもしれません。

その後、新卒で勤めたテレビ局の経験から、報道・制作の現場と寺院経営には似た構造があると気づきました。番組プロデューサーも住職も、多くはご自身の方針で現場を進めます。


「テレビ局は放送作家や編成部がいるので、プロデューサーが自由に制作できないぞ」という業界人からの意見もあるかもしれません。


しかし、スタッフの人事権を握る番組プロデューサーに最終決定のほとんどが一任されます。口うるさい檀家総代がいても、出入り業者の選定は住職が決定するのと同じ構造です。


プロデューサーが道を誤れば更迭されますが、わがままな住職が更迭されることは稀です。かわりに、理由もわからぬまま檀家が静かに離れていく。これが今のお寺が抱える課題だと感じています。


かつての住職は、地域住民や門徒の皆さまの強みをよく知り、行事への協力をお願いするのが上手でした。テレビ局が番組だけでなくスタッフや出演者を活かす力を持つように、住職にも人を動かすスキルがあったのです。


しかし今、来寺者が減っているので、住職がその力を発揮する機会そのものが少なくなっています。それでも、来寺者数を増やす具体的な施策にまで踏み込めていない寺院が少なくありません。


私は法人営業を20年以上やってきましたが、弊社の葬儀会社への営業代行を住職からご依頼いただいた寺院は、これまでほとんどありませんでした。逆に、僧侶自らが袈裟を着たまま葬儀会社に営業をかける寺院もあり、営業を受ける葬儀会社側も、遺族と鉢合わせしないかと戸惑うのではないかと思います。


人的資本が減るなか、いまある資本をどう活かすか。その実力を可視化することこそ、私たちの仕事だと考えています。


父は無愛想な人でしたが、PTAやボーイスカウト、地域仏教会に積極的に関わり、人脈という社会関係資本を築いていました。母もまた、門徒の皆さまに手作りのイカナゴの釘煮を配るなど、ファンづくりの術に長けていました。


人口ボーナス期に社会関係資本を蓄えていく経営方針であり、それが当時は当たったのだと思います。時代が変わったいま、弊社が墓メディアを立ち上げたのも、発想の根はそこにあります。


墓メディアは、メディアからの一方通行な情報提供ではなく、掲載寺院が伝えたい仏事や行事の価値を伝えるブランディング事業です。


事例のひとつが、今年上梓した書籍です。本を売ることが目的ではなく、地域で親しまれている行事を取材して国会図書館に納本し、あわせてデジタルアーカイブ化することで、歴史的な行事を社会に届ける仕組みづくりを目指しています。

 

 

これからのメディアは寺院全体の信用性を高め、住職と共創しながら、社会とつながるプラットフォームでありたいと願っています。

 

今年の命日は、父のほかにもうひとつ、手を合わせたい方がいました。私が独立したての右も左もわからない頃に何度も助けてくださった、ある出版社の創業者が今年亡くなりました。ロハスやエコを社会に広めた先達です。

 

父も含め、先達から学んだ「社会とどう関わるか」という姿勢を、これからの社会に還元していくことが私たちの使命だと感じています。

 

寺院広報は、人とのリアルなコミュニケーションを求める時代に必ず必要になります。広報手段や伝え方についてご質問がございましたら、どうぞ弊社にご相談ください。合掌

父の命日で築地本願寺の晨朝勤行にお勤めしました。
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株式会社唯

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